居酒屋歌仙 その9     

<  飛 翔 の 巻 

 

長者巻   紅 蓮      山八訪   銀 次郎


 

発句

引鶴の華麗な飛翔水ぬるむ

長者巻


西北の旅立つ鶴の群れを見ると、春 の訪れを感じる。ゆったりと回る自然の時計は、思いのほか正確である。自然界の生物の棲み分けが、きちっと組ま れていることに感動する。

脇句

耳をすませば鳥風かすか

紅 蓮



菜 の花 は黄の敷物や果て なく て

少  艶



釉薬こぼす趣味の陶工

山八訪



5(月)

火を焚いて月を友とし寝 ずの番



朝霧の中舟漕ぎ出しぬ

銀次郎



(初折裏)

パソコンのマウス離さぬ 秋の夜



夢捨てきれず行く年男



人妻の後ろ姿や風そよぐ


人妻は街を闊歩していく。ワンレン グスの髪がなびいている。

10

気疎き墓地 に素木の卒塔婆

  


人 妻は未亡人(未亡人は人妻とはいわないか)?それとも我が子がいじめで死んじゃったの か しら。それとも…。

11

赤い傘驟雨にうたれくるくると


青 山墓地を歩いていると、突然のにわか雨、用意のよい人がこの場所にふさわしくない真赤な傘を 風車のように回している。

12

アイルランドの田舎の祭り


「ア イルランドのような田舎へ行こう。人々は祭りの日がさをく るくる回し…」という歌の 出てくる本を今書いている。 赤い傘は祭りの日がさ。

13(月)

満月に十三七つのわらべ歌


祭 り→子を背負って祭りを見に行く 子守→子守唄→お月さんいくつ。

14

銀杏を割る女将とふたり


満 月(形・色)、十三七つ(数えた くなる)、わらべ歌 (子供では味わいのわかりにくい味、銀杏ひろい)、そして秋の季節は、銀杏を連想させないだろうか。

15

肩寄せてあてなく歩く長き夜 


前 句の女将とひとり客(今夜はこの 客しか来なかった)が閉店後肩寄せてあてどなく歩いて いっ たのであろうか、それとも店の外をアベックが通り過ぎて行くのであろうか。

16

屋台の喇叭風に混じりて



17(花)

江戸文字を枝に貼りつけ 花見酒 


今まさに花見酒のピーク。酔っぱらって、江戸 文字ス テッカーを桜の枝に貼りつけているという酔狂のつも り。

18

寄席にころがりあたま山 聞く


上 野で花見をした後、ほろ酔い気分で「鈴もと」に寄ったところ、出し 物が花見の噺であった。  





 

19

大波のうねりや鯨の汐高し



20

化石となりて名の みとどむる


音をいわせてもらうと「妙境知りて愧聲を発つ」の句を とっ てほしかった。

21

幾星霜千里の旅路振り返り



22

ビー 玉 メンコ チャンバラゴッコ


戦い続ける男の人生は、すで に子供時代の遊びの中からはじまっていたのであ る。

23

輝ける霧氷のしじまやク リスタル


ビー 玉→クリスタルガラス→氷(玉の 博物館を連想して)  

24

一人暮らしの冷蔵庫を開く


注釈不 要。生きるも死ぬも次の句次第。

25

母の味故郷の空胸よぎる


「メ シ、フロ、カネ」の世界の突入した息子も、一人暮らしを始めれば、いつか愛情のこもって母の味、故郷の風景をな つかしむ日 がくるだろう。

26

優しく舐めて耳の貝殻



27

舌鼓早夏の松茸壺の中


食べ物が続いてしまったが、川崎 「壺中天」での宴を企画してくれた銀次郎氏に敬意を表して。

28

宵の肴に蛸釣りの浜


壺 といえば蛸、「月」の座の前に 「月」を3つも出して失礼しました。

29(月)

胡弓背に湖巡る月明かり


ヤ ケになって「月」を5つ揃えまし た。

30

夢かうつつか寝てかさめてか


前句が「月」を5つも連ねたので、 対抗上「か」を4つ重ねた次第。

(名残折裏)

31

昼下がり遠いブランコきしむ音 


湿度高く光あふれる昼下がり、暑苦 しい静寂の中、昼寝をしている外の風景。

32

麦わら帽子に残る思い出


前 句が夏の終りの何とはなしに物淋しい風景とみて。

33

天晴れや磐梯山の腰廻り


かつてのガキ大将も今や世界の野口 英世、ゆるぎない磐梯山。

34

春の嵐に揺れるフレアー


山は嵐を呼び、腰はフレアー。

35(花)

空を舞う花片を受けて運 を聞く


少 女は手で花びらをつかめるかどう かで今日一日の運勢を占う。

36

戦い終えて交わす盃


歌仙を巻き終ればいつも一杯