居酒屋歌仙 その8      

<疾  風 の 巻>

 


無袖少艶・遊・山八訪・長者巻・林戸 紅蓮・銀次郎


 

発句

風疾し躍り入りたる鱸かな

少 艶


風が強く 波が高い。船が木の葉のように翻弄されてい る。そこへ大きな鱸が一尾とび込んで 来た。これは瑞兆だ(平家物語巻之一参照)。わが歌仙の発展疑いなし。

脇句

耳洗われる鈴虫の聲 


鱸 のあ らいという平凡な料理を出す居酒屋であるが、心優しい店主は、鈴虫を飼う。その音は日本の初秋(観念論)であり、初秋の日本(存在論)である。  

第三(月)

濡 縁の残り酒月に照らされて

八  訪


鈴虫の音を聴くに最もふさわしい場 所は「雨戸の外側につけた幅の狭い縁側」すなわち濡縁 だろう。一人酒だったのか、二人酒だったのか。月が濡縁を照らしている。

うつけた夜に寝しなの茶漬け

長者巻


普段 酒を飲み残す事がない程、酒 には意地汚いのに、今日は珍しい事だ。心が酒を拒む事もあるのだろうか。夜食に茶漬けを食べる習慣もない。 変な日だ。  

ヤシの木の下で恋しい日本食 

紅  蓮


フィ ジーを旅してきた。このま ま、ここでのんびり暮らしたい。But  そう思いつつ、帰ったら真先に何をたべようか考えている。お茶漬け、ソバ、ラーメン …

葉陰秘かに乳房を盗む

銀次郎


南 太平 洋にはヌーディスト ビーチがあるはずである(旧仏領が多いから)。そこでは、人目につかない性的接触は自由のはずである(旧仏領だから)。

(初折裏)

原爆じゃバナナもりんごも失楽園


楽 園でバナ ナ (九木)を貪った「りんこ」、りんご(凛子)を盗んだ「くき」は、ムルロワ環礁(仏領)で原爆の洗礼を受 け る(日経朝刊の小説参照)。

紫パンツ ドー ム揺がす


後楽園で、UWFインターと新日本 プロレスの全面戦争を見た。紫色のパンツをはいた高田 延彦が善戦した。

ラベンダー優しいひびきに誘われて


ゆるやかにうねるラベンダー畑が北 海道のへそ富良野にある。へそとラベンダーは、なんと なく似合わないが、けむるようなその美しい景色に酔ってしまう。

10

香りも迷う恋の宵 闇

 


ラベ ンダー 紫・ 香 ヘ リオトロープ・虞美人草・ヒロイン・藤尾 美・ 恋・誘惑・敗北・闇  

11

ルリカケス御堂の屋根に止まりけり

 


この美しい鳥はオスを二股にかけて 失敗し、煩悩に疲れている。この御堂は尼寺だと思われ る。

12

明日には明日の日が昇るらん


「風と共に去りぬ」でアシュレイとレッド、どちらの恋 も失うスカーレットは最 後には、こう 思う。すべてみな、明日考えよう。きっと何とかなるだろう。

13(月)

不景気に白蛇の夢待つ秋の床


ここいらあたりが月の座だが、第三句で山八訪が月の句 を受け持って いる(発句が秋のため の繰り上がり)。そこで、次に控える遊氏に月の句をお譲りした。

14

月ある球場監督は舞う


日本シ リーズ3連勝。月が昇った神宮の杜、ツキもあ るこの球場でポンポンホームランを打 ち、監督を胴上げしよう。

15

銀河まで轟きわた れ大声援

 


日 本シ リーズってよく知らなく て、家人にあきれられた。だから、あまりよくわからないままに 、 皆で大声で応 援する日なのねという句。  

16

車窓にうねる星屑の波


銀河鉄道に乗ってみた。窓ガラスに幾すじもの流れをつ くる星の煌き、社内のBGM は、ラ・カンパネルラ。ただただ久遠に向かって、身をゆだねる夢心地。

17(花)

右 肩の桜の刺青夢心地


息子 は銀河鉄道、老父は遠山の金 さん。テレビは2人の支配下にある。年寄は金さんが片肌脱いで見得を切ったので安心し、そのままコクリ、コ クリ。  

18

かひなく立たぬ 何こそ惜しけれ


片肌脱いで見得を切るものの、肝心 のものは役に立たなくなっている。年だろうか。ちなみ に隠された上の句は「春の夜の夢ばかりなる手遊びに」(周防内侍)。

(名残折表)





 

19

いさかいて荒寥の地を朝立ちぬ


不毛な言い争いで一夜を明かした。 もう戻る事もないだろう。別れの朝は、いつも物悲しい。皆さん元気で「朝立ち」 してますか。

20

ホテルに持参の旧約聖書


前句 は旧約聖書の世界のはずだ。え えっ! あ の「朝立ち」? 本 当に仕様がないなあ。それじぁ一緒にホテルにでも泊まろうか。新約しか置いてないので、旧約持参だ。  

21

シスターの眼鏡冷たし繁華街


ソ ドム のような遊興の街にシスターは 批判的である。(含意 尼 僧プレーを強要されたカトリック系三流女子高生は、その出口で風紀監のシスターに出会う)  

22

銀座アシベでタイガーズ聴く


今とち がって、我々の高校時代は、銀座のアシベでタ イガーズを聴くだけで、十分不良だった。かわいかったなあ。

23

カ ラオキで はしゃぐ倫敦舞踊団


ロンドン からやって来たバレー団と居酒屋で出会っ た。プリマ・ドンナ6人とカラオケで歌いあい、日英意気投合。

24

黙 して掘り出せノーベルプライズ


今年度のノーベル文学賞の受賞者 シェイマス・ヒーニー(アイルランドの詩人)の魅力は、黙って強い男性像をペンの 力で掘り出したところにある。

25

高 倉健言葉少なに「夜叉」演ず


やはり何といっても黙して強い、い い男のナンバーワンは健さんです。相手役の田中裕子さんもステキでした。

26

家にひそむ鬼すくむ父親


私の家に飼っている、いや、飼われ ている、男が次第に弱くなるということは、世界史的に見て正しいことなのだろ う。戦争を家庭内だけに閉じ込めておくためには。

27

秋の夜はギリシャ神話にときめきて


秋の夜は空澄んで星座が一際きれい です。ヘラクレスはじめ英雄豪傑美女妖怪ウジャウジャいます。少し早いかも知れ ませんが、秋を出しました。

28

大事の紅葉手からこぼれる


母親が本を読んで聞かせているうち に、いつしか眠ってしまった子供。山で拾ってきて大事に持っていた真赤な紅葉が 小さい手からこぼれる。

29(月)

山並みに刃物の様な月キラリ


紅 葉に染まる山々は、日も沈むと黒々と無気味だ。そこに砥石で研いだような三日月が皓々と輝いている。

30

画布をめがけて鮮血よし ぶけ


鋭利な刃物は鮮血を呼ぶ。カンバス に向かう画家は生の証としての赤を表現しようとする。画家ではない私たちも人生 の歩みで白いカンバスを埋めていく。

(名残折裏)

31

鶴飛びて赤城の屋 根霧の中


ここは揚子江の河口付近。霧にけぶる高台に赤いイラカ の城がある。鶴が一羽飛んで霧の中に消 えて行った。

32

掟をおかし失くした女房


霧の中に飛んで消えていったのは、 「夕鶴」のつう。与ひょうが約 束を破って機屋をのぞいたので、つうは永遠に戻ら ぬ旅 にでる。

33

役者こそ天職なのよとの便りくる


酒場で出会って20年の女優から芝 居の案内を受け、幕後に楽屋を訪ねた。礼状をもらい、役者は天職、まだまだ頑張 ります、とあった。うらやましかった。

34

なべて世界は一つ の舞台


「みせかけこそ唯一の真実」であ り、「俳優だけが真実の人間」との境地に達しなければ、 とても大女優とはいえません。ご精進を!

35(花)

海を越え友好の花咲き開く


地球上から争いがなくなり、世界が 一つになるといい。昔日本から贈られた、アメリカのポトマック河畔の桜も友好の 印か?…

36

疾風怒濤のトルネード歌仙


なにやら物凄い勢いで日々が過ぎて いった。ファックス戦争であった。今回の歌仙のタイト ルの疾風が禍いし たのかもしれない。野分けの後の清々しさはなく、竜巻のもたらした荒れ果てた情景が浮か ぶ。いずれにしても巻き揚げました。ご苦労さまでした。

 

<1995年8月〜11 月>






 



 

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