居酒屋歌仙 その7 |
<春
雷 の 巻> |
銀次郎・山八訪・多 少艶・長者巻・林戸紅蓮 |
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発句 |
春雷や並木に急ぐ乙女達 |
銀次郎 |
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突然の雷雨で、傘の準備がない。舗
道にジャンプしたり、手を
つないだりして大騒ぎ。並木は一時的な雨宿りにすぎず、そこで彼氏が車で待っていてはいけない。 |
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脇句 |
横一列に卒業の袴 |
山八訪 |
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春雷に嬌 声をあげて急ぐ乙女達は、卒業式用ファッ ション 「袴」の女子大生達です。横一列に並び走る彼女達の様子に、社会に飛び立つ躍動感、春の季節を感じます。 |
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第三 |
風眩しうずしお強く沸き立ちて |
多少艶 |
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私は脇句 を横一列に並んで卒業記念写真を撮っている 風景とみ ました。そこで眩しい彼女達の躍動感をうず潮に見立てて第三の転じとしました。 |
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4 |
織りなす景色めくるめく響き |
長者巻 |
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風と光と香りのシンフォニー、自然
界に身をさらす恍惚感、四国への旅に出てみた。久し振 りにおいしい空気を吸ったな。 |
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5(月) |
粉雪のひとひらひとひら月ひそむ |
山 |
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「めくる めく」ほどに「動」「大」の句がつづいた。 そこで、「静」「小」に自然のシン フォニーを織り込もうと試みた。ひとひらの粉雪のなかにも世界は存在する。月の定座。 |
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6 |
グリムの森に踏み迷いけり |
銀 |
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妖しげな雪が舞っているのは、グリ
ム童話の舞台の「黒い
森」。深い暗い森を雪がすっぽり覆っている。夜も更けて、道は雪で消され、森は無気味さを増す。 |
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(初折裏) |
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7 |
嫉妬心行きつ戻りつ出口なし |
長 |
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普段の自信家の影は、今は色あせ、
思わぬ恋路に足をすくわれ、心おだやかならぬ男か女
か。相手の立場にしっかりと立ち、自らを静かに見つめれば良いものを。 |
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8 |
つぼに灸すえフロイトを逐う |
少 |
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アルマの心はグロピウスへ。嫉妬か
ら鬱状態となったマーラー
は、フロイトの門を敲く。だが、今や鬱の治療は、ウィーン学派でもフロイト左派でもなく、鍼灸で。 |
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9 |
天空を駆け上る馬夢に出で |
紅 蓮 |
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きのう、馬が空に駆けていく夢を見
た。フロイト先生なら、どんな心理状態の時に見る夢 だって分析するかしら。 |
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10 |
マークシートに吉凶を託す |
山 |
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馬が空を駆ける夢だ。よいことがあ
るはずだ。万馬券大当たりだろうか。入学試験合格だろ
うか。ああ。いずれにしても、マークシートの記入に人生を賭けるのか。 |
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11 |
参道の急も楽しき日枝神社 |
銀 |
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神社にお参りにいく。長い急坂で閉
口するが、連れがいるのでむしろ面白い。途中で止まっ たり花を見たり。神社で祈ることは自明ではないか。 |
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12 |
うらうらうらと日溜まりに融け |
長 |
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あたたかなある平日の昼下がり、ひ
とりふっと思い立ち、近くの杜を散策してみると、普段
気づきもしない自然の音や匂いに、うっとりとしてしまう。幸せだなぁ。 |
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13(月) |
白寿の賀月を相手に酒を酌む |
少 |
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うらうらうらと惰眠しているうちに
白髪三千丈。約1世紀も生きると茶飲み友達も酒仲間も
少なくなり、99才の誕生日は月と対して酒を酌む。これ現代の李太白。 |
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14 |
黄昏時に銀座恋しく |
紅 |
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一人でお酒を飲んでいると、人生の
盛りを過ぎてしまったなあという気がしみじみしてく
る。それなのに、ふいに銀座のネオンが恋しくなる。未だ悟りきれず。 |
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15 |
桜桃忌ルパンに寄りて思い馳せ |
長 |
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銀座の路地裏に今もなお残るバー
「ルパン」。このバーのとまり木で、片足を上げたポーズ
の太宰の写真は有名である。文学青年は、毎年ここへふらりと来る。夏の句。 |
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16 |
慈愛濃い味ナルシス汁菜 |
銀 |
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「ナ
ルシス汁菜」とは水仙の茎や葉の入った汁のこと。「ナルシスするな」との意もある。前
句を間接的に揶揄した句。ちなみに、前段・後段とも回文。 |
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17(花) |
津軽はつ薄紅と花便り |
紅 |
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津軽の人が慈しんで育てたりんごで
作った味わい深いお菓子、薄紅百顆うすくれないひゃっ
か。花の便りと共に届けられる。東京の桜の季節は一ケ月も前。日本列島は広いなあ。 |
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18 |
爆弾送る気ちがいもいる |
山 |
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地
方の銘菓の贈り物はありがたい。信じられないが、現実には、爆発物を郵送して、人を殺
傷しようとする人間もいる。実に、いやなことだ。 |
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(名残折表) |
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19 |
カルマあらば大股開け治療せむ |
銀 |
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一見異常に見えるのは、カルマ(悪
業)がついているからである。
だから注射などして、治療する必要がある。モーパッサン著「大股びらき」参照。 |
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20 |
敗荷落日踊子哀号 |
少 |
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憧
れの巴里でモーパッサンの石像を拝し、帰朝後は文壇の寵児となった荷風も、晩年は心衰え浅草通い、陋巷に野垂れ
死した。しかし荷風はやはり芸術家だった。 |
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21 |
源氏名に団扇あおがれ想を練る |
山 |
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わ
たく し(たち)も
句作に苦しみ、ネオン街に出没する。
この句も土曜日の渋谷のカウンターで苦吟したもの。大芸術家荷風の創作の苦しみと変わらない(はずだ?)。 |
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22 |
店はねたらね何時ものところ |
長 |
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今
日はいつもにまして優しかったな。向こうからの誘いは初めてだ。思いを練っていたのは実は君のこと。ウシシシ
シ。マジメナ生き方は母性本能を刺激するらしい。 |
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23 |
梅 雨晴れて犬のなき声さ うざうし |
少 |
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仲
良きことは美しき哉(何とかは犬も食わぬといゝます)。梅雨の晴れ間、近隣の飼犬達は散歩に連れて行けと一斉に
催促しています。飼主よ愛犬に愛を! |
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24 |
オスとメス引き寄せるフェロモン |
紅 |
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そ
の犬が大きな声でないているのは、あの犬に会いたいからなのよ。犬だって、ちゃんと恋をするんだから。それとも
フェロモンのせいかしら。 |
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25 |
切り通し土のにほひのなつかしさ |
長 |
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に
ほひに関する業界は元気らしい。人により好き嫌いがはげしい分野だ。防空壕やトンネルの湿りけのあるにほひに、
何故か心落ちつく。 |
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26 |
狭きコースでゴルフするなり |
銀 |
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自
然の地形を利用してゴルフコースを造ればよいものを、山を切り開き無理な開発をしたため、ゴルフの醍醐味も失っ
てしまう。こういうコースは嫌いだ。 |
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27 |
水一滴渓流くだり果ては海 |
紅 |
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川
の源、水樋(みずひ)から流れ落ちた最初の一滴も、狭い谷を流れ下り、長い旅を続けて、やがて大河となって海に
注ぐ。自然界の営みは壮大だ。 |
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28 |
岩魚のしおやき昆布じめの鯛 |
山 |
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壮
大な自然界の営みに、幸も恵まれます。海から川にもどる鮭もありますね。月の定座を待ちうける銀次郎氏に、川の
幸・海の幸を二品プレゼントいたしましょう。 |
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29(月) |
ベランダの手酌に白し夏の月 |
銀 |
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夕 方、ベランダでぬる燗を飲む。一人でぼんやりしていると、まだ明るさが残った空に、月が白っぽく見える。 |
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30 |
ほたる族とぞいはるもをかし |
少 |
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家
の中で煙草を吸うことが憚かられる世です。ベランダで手酌とは照れ隠しか自棄酒か。右手に徳利、左手に盃、銜煙
草。蚊はブンブン。おい、蚊遣り持って来い。 |
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(名残折裏) |
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31 |
乳呑み子が笑えば仲良き若夫婦 |
山 |
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家
の中にかわいい乳呑み子が居れば、ほたる族になるほかなし。だが、乳呑み子も笑ってばかりはいない。成長するに
したがい悩みの種も増す。げに夫婦は戦友だ。 |
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32 |
偽りの家陽射しかげりて |
長 |
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戦友 だと思っていた。しかし相手は二
重スパイ。20年騙さ
れ傷つけあってきた。今となって は惰性に支配され、弁護士以外の優しい人に話を聞いてもらいたいこの頃。 |
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33 |
春一番門から門へ駆け抜けり |
少 |
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陽
射しが俄に翳って春の嵐が表門から裏門へと家の中を吹き抜けた。お蔭で偽りの家に充満していたガスも抜けた。メ
デタシ、メデタシ。 |
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34 |
光る風が誘う旅心 |
紅 |
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冬
の間は、家の中でじっと暮らしていても、春風が吹く頃になると、旅に出たい衝動にかられる。そんな時は何もかも
放り出して、リュック一つで旅に出よう。 |
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35(花) |
朝まだき小砂利踏みつつ桜狩り |
長 |
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弘
前に来ている。しんと静まり返った弘前城内に響くは自分の足音。狂い咲く花に圧倒されるが、朝露を含んだ湿り気
のある空気がすがすがしい。 |
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36 |
連衆つどいて浅酌低唱 |
山 |
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早
朝にひとり歩いて桜を鑑賞し、そ の余韻を漂わせながら、夜は連衆と一献かたむけあう。
おのずから、酔いかげんもほどよく、小声で句をひねる。かく在りたし。 |
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<1995年4月〜7月> |
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